糖尿病の治療で心血管病を減らそう〜メトホルミン・SGLT2阻害薬・GLP-1受容体作動薬〜

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糖尿病の患者さんで発症リスクが高く命に関わるのは、心筋梗塞や脳梗塞など心血管病です。しかし、今まで糖尿病の治療で心血管病を減らすことができるというデータはありませんでした。

ところが近年になって、心筋梗塞や脳梗塞や死亡率を減らすことができる薬剤のエビデンスが次々に出てきており、治療法が目まぐるしく変化しています。

今回はそれらの薬を最新のデータを交えて解説していきます。

目次

糖尿病治療の目的と方法

糖尿病の治療では、生活習慣の改善が一番根本にあります。糖尿病は遺伝的な要因も関わりますが、生活習慣の乱れから生じます。定期的な運動、健康な食事、減量などが大事なのは、容易に想像できると思います。しかし現実問題、これら生活習慣を守るのは難しいため遵守率は高くなく1)、ほとんどの患者さんは薬物治療が必要となります。

糖尿病治療の主な目的は、合併症を減らしてQOL (Quality Of Life: 生活の質)を保つことです。この合併症は、微小血管の合併症と、大血管の合併症に分かれます。

微小血管の合併症とは、腎臓・神経・眼など、小さい血管に起こる合併症です。腎臓(腎臓は小さい血管の集合体です)が悪くなる腎症が進行すると最終的には透析になったり、神経では手や足の痺れから始まり進行すると下肢切断、眼においては網膜症が進行すると失明につながることがあります。

大血管の合併症とは、いわゆる心血管病です。これは、心筋梗塞や狭心症などの心臓の血管の病気と、脳卒中(脳出血・脳梗塞)という脳の血管の病気を合わせたもので、発症すると命を落とすこともあり生命予後にも大きく関わります。


微小血管と大血管の2つの合併症のうち、微小血管の合併症は血糖を良好にコントールすることで減らすことができるという一貫したデータがあります。例えば日本で行われたKumamoto studyでは、下記の図のように血糖を厳格にコントロールすることで網膜症と腎症の発症を有意に減らしました2)

左:網膜症発症率 右:腎症発症
MIT:厳格コントロール群 CIT:標準コントロール群
横軸:期間 縦軸:病気の発症率
Diabetes Res Clin Pract. 1995;28(2):103より引用



一方で、下図のように血糖をコントロールしても心血管病や死亡を予防できるというはっきりしたデータはなく、むしろ厳格にコントロールすることで低血糖が増え予後が悪くなるという結果すらありました3)

左:心血管病の発症率 右:死亡率
標準治療群と強化治療群に有意差なし
N Engl J Med 2008;358:2560-2572より引用

そのため、糖尿病における血糖コントロールの主要な目的は、微小血管病(腎臓・眼・神経)の合併症が起こりにくくなるHbA1c 7.0%まで落とすことが目的で、どの薬剤を使うかはあまり問題ではありませんでした。

しかし、近年になってSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬という糖尿病の薬が、心血管病や死亡率を減らすことがわかってきて、海外のガイドラインが変化してきています。これらのガイドラインにおける薬剤選択の考え方を説明します。

不動の第一選択薬:メトホルミン

心血管病の予防以前に、糖尿病治療薬は特別な理由がない限り第一選択はメトホルミン(メトグルコ®︎)です。この薬は有名なガイドラインのほとんどで第一選択として勧められています。第一選択の理由として

① 長年の使用で安全性や効果が証明されている
② 忍容性が問題ない
③ 体重の増加がない
④ 安い
⑤ 最新の薬はメトホルミン内服の上乗せで行われている


などがあります。(日本ではDPP4阻害薬という糖尿病薬が最も処方されており、世界的な標準とは異なっています。)

メトホルミンは糖新生という、肝臓に貯蔵しているグリコーゲンを分解してブドウ糖を供給する機序を抑えることで血糖値を下げます。他にも、筋肉など末梢組織で、インスリンによる糖の利用を増加させることでも血糖値を下げます。

利点①ですが、メトホルミンは血糖を下げる効果が十分に高く、用量が増えるほど効果も増え、HbA1c 1.0-2.0%低下させます4)。また、昔から使用されているため長期間使っても重篤な副作用がないことがわかっています(最近出た新しい薬は短い期間のデータしかないので、今後副作用が判明してくる可能性もあるのです)。

また、メトホルミンは心血管病において良い効果をもたらすだろうとされています。例えば昔から使われていて現在でもよく使用されるSU剤と比較したUKPDSという試験では、メトホルミンは微小血管病・心血管病・死亡率共にSU剤より少ないという結果でした5)。中国で行われた試験でもSU剤と比較し、下記のように心血管病の発症を減らしており、アジア人でも豊富なデータがあります6)

Diabetes Care. 2013 May;36(5):1304-11より引用

②の忍容性ですが、薬の効果が高くても副作用で内服が続けられなければ意味がありません。メトホルミンの副作用は吐き気や下痢などの消化器症状がメインで、飲み始めた頃に出ることがありますが、内服を続けているうちに徐々になくなっていくことが多く症状も軽いことがほとんどなので、大抵の患者さんは継続できます。

③の体重増加がないことも大きな利点です。過体重の患者さんの糖尿病治療において、減量は根幹をなしますが、インスリン治療やSU剤などは体重増加をきたします。メトホルミンは体重増加を来さず、むしろ少し体重を減らすので有利です(ちなみに、下記で紹介するSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬は両方とも体重を大幅に減らします)。

④の安さも重要です。糖尿病の治療薬は長期間にわたり内服をしなければなりません。最新の薬は高価であり、医療費が高いと治療中断につながることもあります。例えば、メトホルミン1000mgはジェネリックであれば20円/日ですが、下記で説明するSGLT2阻害薬のジャディアンス®︎10mgは約190円/日、GLP-1受容体作動薬のビクトーザ®︎0.9mgは約521円/日とメトホルミンの安さが際立ちます。

⑤最後に、糖尿病の最新の薬の心血管病に対する効果を見る試験は、70%以上の患者がメトホルミンを内服しており、そこの上乗せされる形で効果を調べています。つまり基本的にはメトホルミンありきで上乗せした際のエビデンスとなっています。

もちろん注意点もあります。メトホルミンは腎機能障害に応じて減量が必要で、重度の腎機能障害では使用することができません。他にも、アルコール中毒や重度心不全などでは、乳酸アシドーシスという重篤な副作用につながることがあるので使用できませんが、正しく使えばこのような重篤な副作用は極めて稀です。

メトホルミンへの追加薬の選択基準

次に、メトホルミンに上乗せすることで心血管病を減らすことができる薬を説明します。

ここで大事なのは、患者さんにどのくらい心血管病を発症するリスクがあるかです。心血管病を減らす薬は、患者さんの元々のリスクが高いほど効果も高くなります。

例えばある薬が心血管病を20%減らすとします。5年間で心血管病を起こすリスクが30%ある人は、30%→24%と絶対値で6%のリスク軽減ができます。しかし心血管病のリスクが5%しかない人では、同じく20%減らしても、5%→4%と絶対値では1%しかリスク低下しません。このようなリスクが少ない患者では薬の効果は証明されていません。

ではリスクが大きい患者さんはどのようの人でしょうか。それぞれの試験によって定義が異なっているため、明確な答えはないのですが、確実にリスクが大きいのは、既に心血管病を起こしたことがある人です。

心血管病を一度起こしたことがある人は、そうでない人と比べるともう一度脳梗塞や心筋梗塞を発症する確率が非常に高いことがわかっています。心筋梗塞・脳梗塞・狭心症・閉塞性動脈硬化症・一過性脳虚血発作などを起こした人がある人はハイリスクです。

その他にも、高齢で、高血圧・糖尿病・脂質異常症・慢性腎臓病などリスクファクターを複数持っている人もハイリスク群として含まれることが多いです。


このような患者さんには下記のSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬が心血管病を減らすことがわかっており、非常に良い適応となります。

逆に低リスクの患者さんには、上記の薬で心血管病を予防できることは証明されていませんので、これらの薬でなくても血糖値が下がればいいということになります。


これらの薬は基本的にはメトホルミンを使ってもHbA1c>7.0%の場合に考慮します。ただし最新のガイドラインでは、高リスクの患者さんには血糖コントロールに関わらず下記のSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬を導入を考慮する流れになってきており、今後また変わってくるかもしれません。

SGLT2阻害薬

SLGT2阻害薬は、腎臓で糖が再度血管内に吸収されるのを抑えて、尿から糖を排出することで血糖値を低下させます。

SLGT2阻害薬は比較的マイルドな血糖効果作用を持っており、一般的には低血糖発作を起こさない安全な薬です。また、体重を減少させる特徴がある点も利点です。

前述したように、心血管病を減らすことがわかっており、この効果は血糖低下作用では説明できず、薬剤の特性によるものと考えられます。
例えばエンパグリフロジン(ジャディアンス®︎)という薬は、EMPA-REG OUTCOMEという試験で、心血管病の既往がある7028人の糖尿病患者(70%はメトホルミン内服中)に上乗せすることで全死亡を32%減らし、心血管病による死亡を38%減らし、心不全入院を35%減らしました7)

A:心血管病による死亡+非致死的心筋梗塞+非致死的脳卒中, B:心血管病による死亡, C:あらゆる原因による死亡, D:心不全による入院
いずれも有意に発生率を低下させた。
N Engl J Med. 2015;373(22):2117より引用。

SGLT2阻害薬であればどの薬でもいいのかというと、そういうわけにはいきません。それぞれの種類の中でも、実際に試験で効果を認めなかった薬もあるので、心血管病を防ぐという目的ではしっかりエビデンスがある薬を使わなければなりません。

SGLT2阻害薬でエビデンスがあるのはエンパグリフロジン(ジャディアンス®︎)、カナグリフロジン(カナグル®︎)、ダパグリフロジン(フォシーガ®︎)です。この中で最もエビデンスが強いのがエンパグリフロジンで、次がカナグリフロジン、最後にダパグリフロジンです。

エンパグリフロジンは全死亡まで含めて結果を改善させています。カナグリフロジンも予後を改善しましたが8)、下肢切断が増えました。ダパグリフロジンは有意差はつかず9)、その後のサブ解析という後付け解析で有意差がつきました。

このように薬剤によって結果に差が出たのは、それぞれの試験でどのような患者層に薬を使ったかが異なるからだと推測されています。心血管を起こしたことのある患者だけを入れたエンパグリフロジンの方が、リスクファクターがあるだけの群も含めたダパグリフロジンより成績が良く出たのではと推測されています。


また別の記事で紹介しますが、SGLT2阻害薬は心不全の再発抑制に非常に優れており、心機能が低下した心不全患者では糖尿病がなくても適応になります。他にも、アルブミン尿が出ている慢性腎臓病では腎機能の悪化を抑える作用があり、優先して使用されます。

使用において気をつけなければならないことは、この薬は尿路感染症(膀胱炎・腎盂腎炎)や外陰部膣カンジダの頻度を2−4倍高くするということです。これは、尿に糖を出すため細菌が育成しやすくなるためです。このような感染症を起こしやすい人は注意が必要です。

他に起こりうる副作用としては、利尿剤などと合わせて内服すると脱水になりやすかったり、一部の報告では骨折のリスクや下肢切断のリスクが上がる可能性があることです(ただし否定するデータもあり確定していません)。

GLP-1受容体作動薬

GLP -1受容体作動薬はその名の通り、GLP-1の分泌を促進します。GLP-1は、血糖が上昇した時のインスリン分泌を促したり、胃が空になるのをゆっくりにしたり、食後のグルカゴンというホルモンを減少させるなど複合的な作用で血糖を下げます。

基本的には、皮下注射をする薬です。リラグルチド(ビクトーザ®︎)は1日1回の皮下注射、デュラグルチド(トルリシティ®︎)セマグルチド(オゼンピック®︎)は週1回の皮下注射です。最近になって、同じくセマグルチドの経口薬(リベルサス®︎)も使用できるようになりました。他にも数種類のGLP-1受容体作動薬がありますが、心血管病への効果が証明されているのはこの4種類だけです。

GLP-1受容体作動薬は強い血糖効果作用がありますが、低血糖を起こしにくい安全な薬です。また、体重低下作用も最も強く、海外では肥満の治療薬としても承認されています。

副作用として吐き気・嘔吐・下痢などの消化器症状が10−50%の患者さんに起こります。これらの症状は使用しているうちに徐々に弱まっていくので、なるべく我慢してもらいますが、やはり耐えられず治療中断につながる人もいます。

GLP-1受容体作動薬は、心血管病を減らすことが証明されています。
例えばセマグルチド(オゼンピック®︎)は、心血管病を持っているかハイリスクな因子がある糖尿病患者3297人(73%はメトホルミン内服中)に上乗せされることで、複合エンドポイント(心血管死亡+非致死的心筋梗塞+非致死的脳梗塞)を26%減らし、非致死的脳卒中を39%減らしました10)

A:心血管病による死亡+非致死的心筋梗塞+非致死的脳卒中, B:非致死的心筋梗塞, C:非致死的脳梗塞, D:心血管病による死亡
A・Cは有意に低下したが、B・Dは有意差がつかなかった。
N Engl J Med. 2016;375(19):1834より引用。

どちらの薬を選ぶか

SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬はどちらも心血管病の抑制に良いということが分かりましたが、どちらを使えばいいのでしょうか。いくつかポイントがあります。


まず腎機能がかなり低下した人はSGLT2阻害薬は血糖効果作用が出にくく、使用を控える必要があるので、GLP-1受容体作動薬がいいでしょう。


血糖をしっかり下げたい人もGLP-1受容体作動薬の方が血糖効果作用は高いので好ましいです。

逆に、GLP-1受容体作動薬は基本的には皮下注射なので、注射が嫌という方には導入が難しいでしょう。ただ、週1回打てばいいだけというのは利点でもあるので好む方もいます。最近はリベルサス®︎という内服薬も出ていますが、朝食や他の薬の30分前に単独で内服しなくてはならず、少し手間がかかります。

またどちらの薬も値段は高いですが、前述したようにSGLT2阻害薬のジャディアンス®︎10mgは約190円/日、GLP-1受容体作動薬のビクトーザ®︎0.9mgは約521円/日と、GLP-1受容体作動薬の方が高いので、値段の問題がある方はSGLT2阻害薬の方が好ましいでしょう。

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は、メトホルミン・SGLT2阻害薬・GLP-1受容体作動薬と心血管病抑制について解説しました。

記事にあること以外にも様々な考慮しなければいけないことがありますので、糖尿病の薬を内服中の方は自己判断せず、かかりつけの医師に相談してみてください。

本記事のまとめ
  • 心血管病を減らすことができる糖尿病薬は限られている

  • メトホルミンは安全かつ安価で基礎となる薬

  • SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬は心血管病を減らす

  • 値段・投与方法・安全性などを考慮して治療を選択する
  1. JAMA Intern Med. 2019;179(10):1376.
  2. Diabetes Res Clin Pract. 1995;28(2):103.
  3. N Engl J Med 2008;358:2560-2572
  4. Am J Med. 1997;102;491–497
  5. Lancet. 1998;352(9131):854
  6. Diabetes Care. 2013 May;36(5):1304-11
  7. N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2117-28
  8. N Engl J Med. 2017;377(7):644
  9. N Engl J Med. 2019;380(4):347
  10. N Engl J Med. 2016;375(19):1834
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この記事を書いた人

川口市安行吉岡で内科・循環器内科・糖尿病内科・呼吸器内科の診療を行っております。

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