高齢者の血圧目標値はいくつ?〜高齢者降圧目標の歴史〜

  • URLをコピーしました!

かつては血圧目標値は「年齢+90」と言われていた時代がありました。
しかし現在のアメリカのガイドラインでは高齢者であっても130/80未満が目標値となっており、全く異なるものになっています。
日本のガイドラインでは高齢者の血圧目標値はいくつになっており、そこにはどんな根拠があるのでしょうか。

目次

『年齢+90』が目標値の時代

1980年代は先進国において高齢者が増加し始め、その血圧を下げるべきかどうかが議論され始めました。
当時の専門家は高齢者の血圧が高いのは、脳への血流を維持するために必要だと考えており、2000年の日本の高血圧ガイドラインでも収縮期血圧「年齢+90」が妥当だとされました。

しかしその後の臨床試験でこの考え方は完全に否定され、逆に血圧が高い方が認知症を誘発することが判明します。

SHEP試験

1991年に発表されたアメリカのSHEP試験では、収縮期血圧160mmHg以上かつ拡張期血圧90mmHg未満の60歳以上の高齢者(当時は60歳以上が高齢者と定義される時代でした)を、サイアザイド利尿薬による降圧群とプラセボ群(偽薬の投与)に分けて5年間追跡しました。治療中の血圧は実薬群143/68、プラセボ群155/72で、実薬群では脳卒中が36%減り、心筋梗塞と冠動脈死も27%減りました1)

この結果を持って、WHOは高齢者でも収縮期血圧を140まで低下させるように勧告しました。

HYVET試験

しかしその後も80歳以上の高齢者には積極的な降圧は必要ないという意見が大半でしたが、この意見を覆したのがHYVET試験です。この試験では、80歳以上で収縮期血圧160以上の高齢者を、サイアザイド利尿薬(インダパミド)+必要に応じてACE阻害薬(ペリンドプリル)を用いて降圧する群と、プラセボ群に分けて、心臓の病気や脳卒中が減るかをみた試験です。血圧は実薬群143.5/77.9、プラセボ群158.5/84でした。1.8年間で、脳卒中は30%減少し、心不全は64%減少し、そして死亡率も21%減少しました2)

この試験から、80歳以上の高齢者であっても血圧を下げることで恩恵を受けることが分かりましたが、どこまで下げるかは決着がつきませんでした。HYVET試験では降圧目標は150/80であり、実際の血圧は143.5/77.9でしたので、目標血圧を150にすべきか140にすべきかは論争が続きます。

2014年の日本の高血圧ガイドラインでは150/90が降圧目標となり、忍容性があれば140/90を目指すという方針となりました。たった14年で2000年の「年齢+90」とは全く違うものになっています。

SPRINT試験

2015年に世界に衝撃を与えたSPRINT試験が発表されました。高齢者を含む高血圧患者で、目標の収縮期血圧を120mmHg未満にする厳格降圧群と、140mmHg未満にする標準降圧群で心血管病の発症が比較されました。厳格降圧群では血圧121.5mmHg、標準降圧群では134.6mmHgとなりました。結果は、厳格降圧群の方が心筋梗塞・脳卒中・心不全・心血管死などの合計が25%少ないという結果でした3)

その後、75歳以上の後期高齢者だけに限定して解析したところ、同様に心血管イベントが低下していました。ただし、厳格降圧群では薬による副作用も多かったです。しかしこれは薬の中止により元に戻るものであり、心血管イベントを減らすメリットの方が大きいと解釈されています。

現在の日本のガイドライン

上記の結果を踏まえて、アメリカのガイドラインでは年齢に関わらず130/80未満を目指すとされました。

2019年の日本の高血圧ガイドラインでは75歳以上の高齢者は140/90未満が目標とされ、余裕があれば個別に130/80を目指すとされました。

ただ、当然ですが患者さん一人一人病態は異なります。例えば血圧が140を切るとだるくなって辛いという方は140以上に設定することもあり、現実の治療においては一概に値を設定することはできません。上記のガイドラインなどを参考にしつつ、個々の患者さんそれぞれ主治医が目標値を設定して治療していくのが大事です。

まとめ

・高齢者であっても血圧を下げるメリットは明らかになっている

・日本のガイドラインでは75歳以上は140/90未満が目標で、可能なら130/80を目指すとなっている

参考文献

  1. JAMA. 1991;265(24):3255-3264.
  2. N Engl J Med 2008; 358: 1887-1898
  3. N Engl J Med 2015; 373: 2103-16
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

川口市安行吉岡で内科・循環器内科・糖尿病内科・呼吸器内科の診療を行っております。

目次